震災から10年、日本を災害大国から「防災大国」へ
「ステークホルダーダイアログ2021」

左:片岡裕(ヤフー株式会社執行役員 / メディア統括本部長) 中央:服部篤子氏(同志社大学政策学部教授、一般社団法人DSIA代表理事) 右:西田修一(ヤフー株式会社執行役員 / SR推進統括本部長) 左:片岡裕(ヤフー株式会社執行役員 / メディア統括本部長) 中央:服部篤子氏(同志社大学政策学部教授、一般社団法人DSIA代表理事) 右:西田修一(ヤフー株式会社執行役員 / SR推進統括本部長)

IT(情報技術)で社会課題の解決を目指すZホールディングスグループは、「災害・社会課題への支援」を4つの重点領域の1つに据え、震災を機に災害・復興支援、防災・減災の企画・サービスを次々に生み出してきた。ソーシャルイノベーションを専門とする服部篤子・同志社大学政策学部教授を招き、この10年を振り返りながら、Zホールディングスグループが目指す未来像について議論した。

  • ※ダイアログは2021年1月にオンラインで実施されました。文中の従業員の所属、役職は2021年1月当時のものです。

PROFILE

顔写真:服部篤子氏
服部篤子氏(同志社大学政策学部教授、一般社団法人DSIA代表理事)
阪神淡路大震災を契機に、非営利組織の普及にむけた研究プロジェクト「総研大スコーププロジェクト」に参画。その後、2001年CAC社会起業家研究ネットワーク、2009年一般社団法人DSIAを設立し、社会起業家等人財育成に取り組む。主な編著に「新・公共経営論」、『未来をつくる企業内イノベータ―たち』、『ソーシャル・イノベーション』など。
顔写真:片岡裕
片岡裕(ヤフー株式会社執行役員 / メディア統括本部長)
1978年岐阜県生まれ。2005年ヤフーに入社。
「Yahoo!みんなの政治」の立ち上げに携わった後、「Yahoo!ニュース」などメディアサービスの企画や新規事業を担当。広告事業推進本部長を経て、ニュース事業本部長として「行動につながるメディア」づくりを推進。2016年から現職。
顔写真:西田修一
西田修一(ヤフー株式会社執行役員 / SR推進統括本部長)
2004年にヤフー株式会社へ入社。「Yahoo! JAPAN」トップページの責任者を務め、ヤフー初となる「Yahoo! JAPAN」トップページの全面リニューアルを指揮。また、東日本大震災の復興支援と検索を掛け合わせたキャンペーン「Search for 3.11 検索は応援になる。」を立ち上げる。検索事業本部長を経て、2017年4月より現職。
顔写真:森摂氏
ファシリテーター:森摂氏(「オルタナ」編集長)
日本経済新聞社入社後、流通経済部などを経て1998年-2001年ロサンゼルス支局長。2002年9月退社。同年10月、在外ジャーナリスト協会を設立、代表に就任。2006年9月、株式会社オルタナを設立し、2007年3月にサステナブル・ビジネス・マガジン「オルタナ」を創刊。現在に至る。

災害発生時に何を伝えられたのか

――2011年3月11日14時46分、東日本大震災が発生しました。片岡さん、西田さんはともに情報を発信する立場におられましたが、震災当時の状況を教えていただけますか。

片岡:私は、Yahoo!ニュースの企画部門のリーダーとして、マネジメントする立場にありました。

震災発生時、Yahoo!ニュースとして、何が起きたか、何をしなければいけないのかを伝える責任があります。即座に地震の第一報を伝えた後、オフィスがあった東京ミッドタウンで避難指示が出てしまい、私たちは一旦オフィスを出て、近くの公園に避難することになりました。
ニュースを届けられない状況が続き、刻々と時間が経過するなか、一部のメンバーたちが近くの家に戻ってニュースの更新を再開しました。

それから2時間ほどしてオフィスに戻ると、すでに津波の映像が報じられており、その後は被害状況を伝えることに終始しました。

西田:私は、Yahoo! JAPANトップページのサービス責任者をしていました。オフィスで打ち合わせをしていた時に大きな揺れがあり、外を見ると、柳の枝のようにビル群が揺れていて、まるでSF世界のようでした。

ただ事ではないと感じ、持ち場に戻ろうとしたのですが、ビルから避難指示が出たため、私も外に出ました。Yahoo!ニュースの編集担当者が各社から提供される記事を更新してくれていたので、発災直後のトップページそのものの対応は特別必要なかったのですが、その後どうしたものかといっぱいいっぱいでした。

Yahoo! JAPANのトップページは日本で一番見られているサイトでしたから、有事には重要な情報を届けなければならない、という覚悟を持っていました。しかし、いざ未曾有の地震が起きてみると、断片的な情報はあっても、全貌が分からず、誰に何をどう伝えればいいのか、瞬時に判断できませんでした。当時については鮮明な記憶がないというのが、正直なところです。

――「伝えられることは伝えられた」という実感はありますか。

片岡:正直、全くないですね。スマートフォンも今ほど普及しておらず、初動として伝えられたことといえば、震災発生時のことくらいで、その後に発生した津波の情報も即座に伝えられませんでした。

今であれば、スマホのプッシュ通知で、被害状況を伝えたり、避難を呼び掛けたりすることもできますが、当時はできないことだらけでした。西田と同じように、私も震災から一週間の記憶はなかなか思い出せません。

片岡 ZOOM取材で話している様子
ヤフー株式会社 メディア統括本部長 片岡

西田:発災当日はオフィスで一晩過ごしました。電気が消えて真っ暗になった深夜も、無力感を抱きながら、モニターでずっとYahoo! JAPANのトップページを眺めていました。なぜかその自分の姿を俯瞰(ふかん)で見ている記憶がずっと残っています。

それからがむしゃらにやってきましたが、十分に情報を提供できたかというと、十分ではなかったと思いますし、実際とても難しかったです。

というのも、被災地は東北ですが、人口分布に比例して、首都圏の方がより多くYahoo! JAPANを訪れるからです。首都圏の人たちは帰宅難民や計画停電などについての情報を求めていました。

スマホの普及で、よりパーソナルでプッシュな情報提供ができるようになりましたが、当時必要な人に必要な情報が提供できていたかと言われると、自信を持って「できた」とは言えないですね。

――服部さんはソーシャルイノベーションや社会起業などがご専門ですが、ヤフーが果たした役割についての見解をお願いします。

服部:ヤフーは震災を機に飛躍的にいろいろな活動をしてきた印象ですが、初めは茫然(ぼうぜん)とされていたのですね。10年前はスマホが主流ではなかったことも、今考えると驚きです。

私はどちらかというとグラスルーツ(草の根活動)の世界にいますので、周りにはボランティアに行く人が多いです。私自身も、阪神・淡路大震災の時に奈良にいて、2カ月後にいち早く外国人支援を行った団体を取材するため現地に行きました。東日本大震災の時は、ちょうど100日後に現地入りしました。こうして現場の状況を五感で感じ取るわけです。

今の時代、人の声や自身で体験するというよりも、ネットで情報を収集し、判断することが多くなってきていると思います。それは良い面もある一方で、問題もはらんでいると思います。行動を通じたリアルな情報とネットの情報の両方があって、人々がそれを基に判断していくことが望ましい。それを助けてくれるのが、ヤフーなのではないでしょうか。

服部氏 話している様子
同志社大学政策学部教授、一般社団法人DSIA代表理事 服部氏

「伝えきれなかった」葛藤が復興・防災企画の発展に

――震災を機に、災害・復興支援、防災・減災関連でさまざまなサービスやプロジェクトが生まれました。特に思い入れがあるものについて教えてください。

片岡:私は「Yahoo!防災速報」アプリです。震災後、Yahoo! JAPANのトップページやYahoo!ニュースを管掌することになったのですが、その時に「行動につながるメディア」にすることを掲げました。情報を届けるだけではなく、人々が情報を見て意思決定をし、その先の行動につなげなければ、メディアの役割としては不十分です。震災を経て、その思いを強くしました。

3.11を教訓にして開発した「Yahoo!防災速報」アプリは、緊急地震速報や豪雨予報をはじめ、さまざまな災害情報を地域ごとにプッシュ通知で知らせるアプリです。これにより、人々はいち早く避難することもできます。いまでは2,000万人以上の方に使っていただけるアプリに成長しました。

Yahoo!防災速報アプリプロモーションページ キャプチャ

西田:検索が寄付につながるキャンペーン「Search for 3.11」には特に思い入れがあります。Yahoo! JAPANの「検索」事業に異動してからも、震災当時に抱いた無力感がずっと残っていて、いわゆるコーズマーケティングのように、「Yahoo!検索」を使って復興支援や風化防止に役立てられないかと考えました。

検索している瞬間は、キーワードを自分事化しますから、「3.11」と検索することを促すために、1人につき10円をヤフーが復興支援活動に寄付する仕組みにしました。初年度の2014年は約260万人が参加し、今でも続いています。

2014年実施 3.11、検索は応援になるキャプチャ画像

服部:「Yahoo!防災速報」はとても良いサービスですね。私も使っています。「Search for 3.11」に関してですが、なぜ「検索することが自分事になる」のでしょうか。参加者数はどのように推移していますか。

西田:SNSなどで他者に促されて「3.11」と検索することは、本人の自然な興味関心ではないかもしれませんが、検索した結果、被災地の現状や当時のニュース、著名人の応援コメントなどが表示され、3月11日を思い出すことになります。

初年度の260万人から毎年増え、2020年の3月11日には840万人近くの方が参加してくれました。こちらからお願いしなくても、著名人の方がYouTubeやSNSなどで「3.11と検索しよう」と呼び掛けてくれています。

服部:かつてボランティアは、意識や行動力のある人がやるものでしたが、「Search for 3.11」は、クリックすることも一つのアクションだと思わせてくれました。いろいろな支援の形があることを示し、自分事化する道筋を付けていただいたのではないかと思います。これは長い間、グラスルーツの分野で実現できなかったことでした。

私はYahoo!基金に評議委員としてかかわらせてもらっていますが、寄付を募るNPO向けに文章の書き方を教えたり、Yahoo!ニュースで活動を紹介したりしていることも、NPOの励みになっているようです。NPOで広告をだすのは最大手ぐらいで、関心を持ってもらうために苦労していますから。

西田:資金調達には表現力が必要ですから、2017年ころから毎年朝日新聞社の方を講師に招き、書き手講座を開催しています。その人たちが記事を書いて、Yahoo!ニュースでも掲載しています。

「災害の自分事化」で減災と風化防止を

服部:今でも東北の被災地に出かけ、連絡を取り合ったりしているのですが、やはり風化してしまう事を心配されているようです。風化させないためには直接つながることが一番ではないかと考えていますが、ヤフーはどのように風化防止に取り組んでいますか。

西田:一つは啓発活動です。必ず3月11日には、何らかの特集を企画して世の中に訴えるようにしています。2013年からは毎年9月に「ツール・ド・東北」という自転車イベントを開催し、毎年4000人弱のライダーが東北の地を走っています。

被災地の被害状況や、美しい東北の景色が壊滅的な被害から徐々に立ち直る様子を見てもらい、それを家族や友人に話したり、SNSで発信したりするきっかけづくりを続けています。

一方で、これまでも人類は数々の災害を経験し、忘れ去られながら今に至っていると思いますので、記憶の鮮度や明瞭さは薄れたとしても、防災や減災の仕組みに転化して、次に生かしていくことが重要だと考えています。

西田が話している様子
ヤフー株式会社 SR推進統括本部長 西田

片岡:災害は人の命にかかわることですので、風化させないために情報は届け続けるのですが、ユーザーの個々の関心度によっては伝わりにくい、呼び掛けても動かない人は動かないことがあるのは事実です。

この10年、熊本地震や台風・豪雨など、各地でさまざまな災害が起きました。私たちはその都度、3.11の教訓として、伝えるべき相手にどこまで情報を伝えられたのか、行動につなげられたのかを振り返るようにしています。

専門家の方に、災害時に行動する人と行動しない人の違いを聞くと、どこまで身近に感じているか、自分事化しているかどうかが行動に影響を与えることが分かってきました。そこで、個々ユーザーを理解し、地域ごとに届ける情報を変え、自分事化してもらえるような工夫をしています。

そして、「ユーザーの力を使う」ことにも取り組んでいます。「Yahoo!防災速報」アプリに「災害マップ」という機能を追加し、ユーザーが災害時に自分の位置や被害状況を投稿できるようにしました。投稿が集まるとその地域に住んでいる方々にプッシュ通知が行くようになっていますので、自分の周りやみんなの状況を知ることができ、自分事化を後押しします。

人々がより早く意思決定し、行動できるような情報提供や仕組みをつくっていくことが、広い意味での風化を防ぐことにつながると考えています。

発災から復興まで一貫した支援へ

――2020年12月には「災害支援プラットフォーム」を立ち上げたそうですね。

西田:発災から緊急時、復旧・復興、風化防止も含め、一連の流れの中で、ワンストップで取り組むのが「災害支援プラットフォーム」です。

ヤフーとして、被災地に災害情報を届けることもできますし、Yahoo!ネット募金を通じて支援団体が寄付を募ったり、Yahoo!基金から支援金を拠出したり、緊急災害対応アライアンス「SEMA(シーマ)※」の一環で各メーカーや物流会社と連携して物資支援を行ったり、買い物で被災地支援ができるエールマーケットを利用したりと発災時から復興期まで一貫して支援することを目指しています。

今後は、ZホールディングスグループにLINEが加わりますので、より広く、より深く、そしてより高度な仕組みに育てていけると考えています。

災害支援プラットフォーム イメージ図

服部:企業の事業として取り組まれているわけですが、災害支援や復興支援で目標値などはあるのでしょうか。

西田:緊急時は、とにかく集め、それを必要なところに届けるだけですので、特に目標値は定めていません。支援団体の助成にあたっては、審査を行い、報告書で活動の成果を確認しますが、どこまで何をやらなければならないといった目標はありません。

ただ、今後は私たちの取り組みから、どのくらい効果が社会に生まれたのか、いわゆる「社会的インパクト評価」にはしっかりと取り組んでいきたいと思っています。

――Zホールディングスグループ、また、ヤフーのあるべき姿についてのお考えを教えてください。

左上:ファシリテーター森氏、右上:服部氏、左下:メディア統括本部長 片岡、右下:SR推進統括本部長 西田

片岡:日本は災害大国ですが、「防災大国にしたい」とメンバーと話しています。防災大国とは何かというと、被害者がゼロの社会、事前に災害を予防して行動する社会だと考えています。

それを実現するためには、人々の意識を変えていくことも必要ですが、意識変容や行動につなげることをヤフーが介在することで貢献したいと思っています。

災害時にヤフーを頼って思い出してくれるかどうか。そのためにも、良いサービスを提供し続けて信頼のおけるメディアを目指します。

服部:防災と日常の接点をつくるためにどのような工夫をしていますか。

片岡:これまでサービスを続けてきて感じたのは、一方的に伝えるだけでは不十分だということです。友達や周りから情報のインプットやインタラクションがないと動かない人もいます。多様な情報や届け方をつくる必要性を実感しています。

気象庁の発表やニュースを届けることで行動する人もいれば、災害マップのように、他のユーザーが発した情報で動いてくれる人もいます。そういったいろいろな接点を持って、災害時にヤフーの利用を想起いただくとともに行動につなげられたらと考えています。

西田:必要な時に来てくださいというと、どこにいっていいか分からない、そもそもヤフーに何があるか分からないという状態ですので、プッシュ型とパーソナライズ型が重要になってくると思っています。

その人がどんなことを知っていようがいまいが、あなたはこうした方が良い、こうするべきだといった、プッシュ型で知らせるものが作れれば、服部さんが懸念されていたことは払拭(ふっしょく)されるのではないかと考えています。

極端なことを言えば、「津波が来ています。とにかく家を出て右に行ってください」と伝えられれば、すぐに行動に移すことができます。渦中の人が情報を取りに行くのではなく、送られてくる状態にするということです。それはLINEと組むことで、より広く、より深くできるようになると考えています。今後、災害はますます激甚化し頻度も増していくことが予想されます。Zホールディングスグループの重点領域として災害対策・復興支援を掲げているので、グループで連携し日本を災害大国から「防災大国」へとできるよう尽力してまいります。

服部:個人レベルでも自治体・組織レベルでも、一団体で実現できることではなく、連携が大切なのですね。伝える、受けるといったインタラクションが今後さらに10年で発展していくことが期待されますし、私も付いていかないとと思いました。

防災には一人ひとりの想像力が必要だと考えていますが、それはある種教育でもあり、大学も積極的に取り組むことだと思います。ぜひ協力していきたいです。

日本は防災大国にならなければならない――。これは文字で見ると軽く感じますが、3.11の原体験があったからこそ、着実な事業の展開につながっていることを実感しました。