グループ社員が講師を務める「サイバーセキュリティ講義」 Zホールディングスが大学と連携して教育に力を入れる理由

ZホールディングスではCSRCorporate Social Responsibility)活動の一環として、九州大学、東京大学で、サイバーセキュリティに関する講義を実施しています。講師として登壇するのは、Zホールディングスグループ各社の社員です。企業が大学と連携して講義を行うことの意義や、未来のIT人財を育成する可能性、社内に波及した効果など、企画や講師を担当した社員に話を聞きました。

PROFILE

日野 隆史/Zホールディングス株式会社 GCTSOプライバシー&セキュリティ統括部 安心安全部マネージャー
都市銀行勤務後、2001年ヤフー入社。2015年にセキュリティ部門に異動し、教育、プロモーションのマネジメントを行う。2022年よりZホールディングスに転籍、社内のセキュリティに関する各種マネジメントを行う。
◯担当講義「インシデント対応とセキュリティ」
水摩 直子/ヤフー株式会社 SR推進統括本部CSR推進室
2014年ヤフー入社。広告事業にてセキュリティ部門、リスクマネジメント部門を経て、SR推進統括本部CSR推進室へ。地域貢献サステナブルプロジェクトのマネージャーを務めているほか、ESG推進業務にも携わり、プロジェクトを通して未来世代への支援活動を推進している。
宮園 太貴/株式会社ZOZO AI・アナリティクス本部 事業推進部AI R&D推進ブロック ブロック長
ITベンチャー企業を経て2019年ZOZO入社。入社から現在まで、AIプロジェクトの企画・推進を担当し、自らAIモデル構築なども行う。2021年よりZホールディングス企業内大学Z AIアカデミアにて、AIの講師を務める。
◯担当講義「AIを使いこなすためのセキュリティ」
岩本 俊二/PayPay銀行株式会社 IT本部副本部長 PayPay Bank CSIRTリーダー 事業推進部 部付部長
2008年ジャパンネット銀行(現PayPay銀行)入行。サイバーセキュリティ対策に一貫して取り組む。システムリスク管理グループ長、サイバーセキュリティ対策室長、IT統括部長を歴任。金融ISAC 不正送金対策WG座長、運営委員を務める。
◯担当講義「インターネットバンキングの不正送金とキャッシュレス決済の不正について」
関原 秀行/LINE株式会社 プライバシーセンター センター長 CPO(Chief Privacy Officer)
2010年に弁護士登録し、法律事務所に勤務。2012年に総務省出向。再度、法律事務所勤務を経て、2019年にLINE入社。2022年よりCPOとして、LINEのプライバシー保護活動を監督、推進している。
◯担当講義「Security & Low~Security Incident発生時の対応~」

不正アクセス、情報漏えい、フィッシングメール...実際に起きた事例で大学生に講義

水摩 直子/ヤフー株式会社 SR推進統括本部CSR推進室

――「サイバーセキュリティ講義」の概要を教えてください。

水摩:2016年、九州大学で開講したサイバーセキュリティ講義の準備に、ヤフーのセキュリティ部門が協力したのがきっかけで講義がスタートしました。九州大学は2014年にサイバーセキュリティセンターを立ち上げ、サイバーセキュリティに関する教育・研究に取り組むなかで、実践的な内容を講義に盛り込みたいとヤフーに興味をもっていただけたようです。2019年には東京大学でも開講し、どちらの大学でも教養科目として受講できます。

日野:1年生を対象にした授業では、情報漏えいやAI活用など、実例やトレンドを織り交ぜた内容を取り扱います。講師を務めるZホールディングスグループ各社の社員には、大まかなテーマのみを伝え、実務と結びつけた内容で構成・レジュメの作成をお願いしています。大学が取り組むサイバーセキュリティ研究は企業の実務とは領域が違います。企業の一員だからこそ話せるリアルな講義に、学生は興味をもって聞いてくれています。

水摩:専門性の高いセキュリティは他の授業でも学ぶことが可能ですから、講義内容で意識しているのは、企業の講師が自身のキャリアなども含めてリテラシー教育を行っていることです。企業ならではのメリットを意識して未来世代への支援を行っています。グループ会社の社員に講師を依頼して、実際にそれぞれの会社がどのようなサイバーセキュリティ、リスク管理をしているのかを話してもらっています。

日野 隆史/Zホールディングス株式会社 GCTSOプライバシー&セキュリティ統括部 安心安全部マネージャー

――講師を務める社員の皆さんや、学生たちの反応はいかがですか?

水摩:講義を受け持つ社員たちはそれぞれの専門性を惜しみなく伝えてくれて、自社の取り組みを知ってもらおうというブランディングの視点も持ち合わせていて、期待以上の講義を展開してくれます。講師の思いが伝わるからか、学生からは授業後のアンケートにポジティブな感想をいただいています。回を重ねるごとに、私たちにお任せしてもらえる範囲も広がってきていますね。

日野:実際、講義の人気は高いです。九州大学でオンライン授業を行ったときは、800人を超える学生が受講しました。現在も定員250人を上回る希望があり、抽選を行うほどです。

宮園 太貴/株式会社ZOZO AI・アナリティクス本部 事業推進部AI R&D推進ブロック ブロック長

――講義するうえで、工夫した点を教えてください。

日野:私が担当する講義のひとつが、「インシデント対応とセキュリティ」です。実際に発生した情報漏えいなどの事例をあげて、事故後の対応が会社にとっていかに重要か、経験を交えながら話しています。事故が起きてしまったとき最も恐れるべきは、お客さまの信用を失うこと。ヒューマンエラーをゼロにすることは難しく、どれだけ対策をしても万全ということはありません。大切なのは、万に一つの事故が起きてしまったあとにどう対応するか。対処の仕方によってお客さまの信用をさらに失うことがないよう、いかに真摯に対応するかをポイントに話しています。

宮園:私が担当する「AIを使いこなすためのセキュリティ」は、テーマを見ただけで苦手意識をもつ人もいるだろうなと思い、なるべくわかりやすく事例にフォーカスするよう工夫しました。例えば、ZOZOのサービスにおけるAI活用事例を動画で見せているほか、AIの問題点やセキュリティに関する話題も講義に盛り込んでいます。

私自身が文系出身で、"わからない"からスタートしているので、難しい言葉はなるべく使わず、どの学生でもわかるような説明を意識しています。大学時代に小学校の教員を目指していたことや、Z AIアカデミアで講師を務めている経験が役に立ったかもしれません。

岩本:私は銀行での経験を生かして、「インターネットバンキングの不正送金とキャッシュレス決済の不正」について話しています。マルウェアやフィッシングなど、どんな事案で、どれくらいの被害が発生したのか、具体例を交えて説明するようにしています。実際のフィッシングメールを見せると、「受信したことがある」と反響が大きく、「PayPay銀行からメールがきたんですが、これって本物ですか?」と質問を受けたこともありました。

学生が社会人になったあとも、きっとさまざまな形でネットに触れますよね。犯罪者が自分たちの想像を超えるレベルで大事な情報を盗み、悪用する可能性があるということを、今のうちから意識してもらうことで、被害を未然に防ぐことができたらと考えています。

関原:私は「Security & LowSecurity Incident発生時の対応~」と題して、法律の視点からセキュリティに関する話をしています。例えば、情報漏えいなどの事故が起きたときにどのような法律に引っかかるのか、社内でどのような体制をつくり対策に取り組むのか、といったことを、LINEの事例も含めて、わかりやすく具体的に説明するよう意識しています。

また、将来の選択肢として、私のように法律を専門とする立場からセキュリティに関わる仕事だったり、逆に法律を専門としない立場から法務部門とやりとりをする仕事もあるということを紹介し、キャリア形成への関心にもつながるよう、工夫しました。

岩本 俊二/PayPay銀行株式会社 IT本部副本部長 PayPay Bank CSIRTリーダー 事業推進部 部付部長

大学生の学ぶ意欲が仕事のモチベーションに。講師を務めながら社員も成長していく

――講義をすることで、仕事にどのような影響がありましたか?

日野:とにかく学生が目をキラキラ輝かせて講義を聞いてくれるんですよね。登壇して、若いエネルギーを分けてもらうことで、仕事のモチベーションにもつながっています。

講義に臨む学生の姿、講義後のアンケートやレポートを見ると、学生に講義することの意義、講師を務めることの責任を改めて強く感じ、次回はもっといい講義をするぞと自分自身の意欲も高まります。

採用活動にもつながっていて、なかには、会社のホームページで紹介されていたこの講義活動を知ったうえで会社の採用に応募し、「わたしも講師として登壇させてください」と直談判した社員もいて、思わぬ効果も感じています。

宮園:学生のレポートを読んで、自分が当たり前に思っていることも、学生からの視点だとこうも違うのかとハッとしました。以来、ZOZOのユーザーに近い視点で自社のサービスを見られるようになりましたね。AIのプロジェクトは、基礎研究の期間が長いんですが、最善の形でユーザーにサービスを提供する未来を意識しながら、講師経験で得た視点を研究チームに共有し、生かす。これが自分の役目かなと思っています。

岩本:私は立場上、会議で報告をしたり、金融系のサイバーセキュリティ関連で講演をしたりする機会が多いので、資料をわかりやすくつくることに比較的慣れているほうだと思っていました。講義を通じて、事例を時系列で整理し直すなど、工夫して説明する意識が高まったことで、より自分の頭の中が整理された気がします。講義で使った資料を業務でそのまま活用することもあり、その点はかなり役立っていますね。

関原:LINEを身近に感じて使ってくれている学生が熱心に講義を受ける様子を目の当たりにして、これまで以上に、長く使ってもらえるサービスでなければいけないと感じました。授業後のアンケートから、LINEのプライバシーポリシーに関心を持つ学生が思っていたよりも多くいることがわかったので、会社としても、セキュリティやプライバシーに対してどのような取り組みをしているかをもっと積極的に発信していこうという動きも働きかけるようになりました。

関原 秀行/LINE株式会社 プライバシーセンター センター長 CPO

情報技術のチカラで、すべての人に無限の可能性を。教育の機会を増やして社会に還元

――講義に関わったことで何か印象深かった出来事、感じた課題があれば教えてください。

日野:日本の教育の課題のひとつが、現在進行系で起きている技術革新やIT課題について迅速に対応できていないこと。Zホールディングスグループに属する会社は規模も社会的影響力も大きく、それと同じくらい社会への責任も負っていると思うんですよね。私の先輩にあたる方が、「ほんの少しでいいから自分たちの利益を社会に還元しなさい」と仰っていて、いまもその言葉が胸に残っています。教育の機会を増やし、未来を担う若い人たちを育てることで、社会に還元することの大切さを痛感しています。

宮園:東京大学で講義したときに、大学の先生から「ChatGPTなどの生成AIを学生が使うことに対してどう思うか」と聞かれました。私は生成AIが世の中に出てきたとき、ビジネスにどう活用できるかを考えていたこともあり、教育者の方は期待だけでなく、不安も抱えていることに気づかされました。私なりの考えはそのとき先生にお伝えしましたが、いまでもどう答えるのが正解だったのかとときどき思い返すくらい、印象に残っています。

岩本:あるとき、「危険な状況やリスクがあることはわかりましたが、どうすれば防げるんですか?」という質問を受けたんですね。ふだん仕事の場面で、犯罪を未然に防ぐ100%の方法はないという前提で話をするんですが、学生からの素朴な疑問は確かにその通りだなと思いました。この質問がきっかけで、リスク低減策をあげるだけでなく、根本的に何を変えれば良いのかもあわせて考えていく必要があるんだなと感じました。

関原:会社でさまざまな国のメンバーと仕事をして思うことですが、日本はセキュリティやプライバシーへの意識が低く、危機感が足りていないように感じます。学生のうちからセキュリティやプライバシーの問題に関心を持つ機会をつくり、大学と企業が協力しながら、専門知識をもったIT人財の底上げをしていくことが今後の課題だと思っています。

日野:何も挑戦しなければ、確かに事故が起きるリスクは低くなるかもしれません。逆にいえば、挑戦しているからこそ、常にリスクと背中合わせともいえます。ですが、過ちを恐れすぎると、新しいことに挑戦することを避けてしまうことにもつながりかねません。若い人にさまざまな挑戦をしてほしいからこそ、正しい知識をつけて、正しく怖がって、セキュリティ対策に取り組んでほしい。そう願っています。

――最後に、企業が教育に取り組むことの意義や未来につながる可能性をお聞かせください。

水摩:Zホールディングスは、「UPDATE THE WORLD 情報技術のチカラで、すべての人に無限の可能性を。」をミッションに、社会にポジティブなインパクトをもたらすとともに、環境や人権を含めた社会課題にも向き合いながら、次の世代に責任を持ってサステナビリティな経営を推進しています。「サイバーセキュリティ講義」をはじめとする教育プログラムを提供することで、同時に社内の人財育成にもつながっており、良い循環が生まれはじめています。今後も、私たちが提供できる教育プログラムを持続可能な形で取り組み続け、企業の価値を高めることで、さらに社会貢献の輪を広げていきたいです。

西田 修一/Zホールディングス株式会社 ESG推進室室長/ヤフー株式会社 執行役員 コーポレートグループSR推進統括本部長

企業の社会的責任の一つに「社会への価値の還元」があると考えます。価値とは企業が擁する人材や技術や仕組みなどです。企業が大学などで教育に携わるのはまさにこの「社会への価値の還元」にあたります。学校ではなかなか教えることが難しい現場のリアルを、Zホールディングス各社の第一線で活躍する社員たちが、具体的な事例を基に講義をする。時に生々しい話もあるでしょう。だからこそ、学生の皆さんの生きた学びになると思っています。そして、それらの学びがいつか何らかの形で再び社会に還元されることを期待しています。

Zホールディングスのミッション・ビジョン
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  • 取材日:2023年8月3日 公開日:2023年9月19日
    記事中の所属・肩書きなどは取材日時点のものです。
    取材・執筆:狩野さやか 編集:石川聡子(Dellows)