企業はリスキリングとどう向き合うべきか。Zアカデミアの取り組み

2020年4月に設立された、Zホールディングスの企業内大学、Zアカデミア。2021年にはZ AIアカデミア、2022年にはZサステナビリティアカデミアが誕生するなど、「グループ社員の才能と情熱を解き放つ」というミッションのもと、年間約200講座(2021年度)を開講しています。

2022年10月には、政府が「リスキリング支援に5年間で1兆円の予算を投じる」と発表するなど、"大人の学び直し"に注目が集まる中、どんなスキルを学び、どうビジネスに活用すればいいのか。人材マネジメント領域の研究に従事する石原直子さんをゲストに迎え、「Zアカデミア」学長の伊藤 羊一、Zアカデミアのなかでも特に人気のAI人材育成コース「Z AIアカデミア」ディレクションの田部井伸弥とともに、リスキリングの潮流およびZアカデミアの取り組みについて説明会を開催しました。

PROFILE

石原 直子(いしはら・なおこ)さん:株式会社エクサウィザーズ はたらくAI&DX研究所 所長
銀行、コンサルティング会社を経て2001年からリクルートワークス研究所に参画。機関誌『Works』編集長、人事研究センター長を務める。2022年4月、株式会社エクサウィザーズに転じ、はたらくAI&DX研究所所長に就任。専門はタレントマネジメント、ダイバーシティマネジメント、日本型雇用システム、組織変革など。
伊藤 羊一(いとう・よういち): Zホールディングス株式会社 「Zアカデミア」学長
日本興業銀行、プラスを経て、2015年よりヤフー。現在Zアカデミア学長として、Z AIアカデミアやZサステナビリティアカデミアなど、Zホールディングス全体の次世代リーダー開発を行う。またウェイウェイ代表、グロービス経営大学院客員教授としてもリーダー開発に注力する。2021年4月に武蔵野大学アントレプレナーシップ学部(武蔵野EMC)の学部長に就任。
田部井 伸弥(たべい・しんや):Zホールディングス株式会社 「Z AIアカデミア」ディレクション
ゲーム制作会社、Web制作会社を経て、2006年よりデザイナーとしてヤフー入社。デザイナーおよびデザイン部門のマネジメントとして複数のヤフーのサービス開発に携わる。その後、デザイナー新卒の集合研修を人事部門兼務という形で担当。2020年より人事部門を主務としてYahoo!アカデミアのディレクションを務める。現在はZアカデミアのディレクターとして、Z AIアカデミアのほか、Zサステナビリティアカデミアなど、数多くのZホールディングスグループ横断のプログラムに携わる。

変化創造のリスキリングを。DX時代を勝ち抜く人材戦略とは

リスキリングに携わって丸3年だという石原さん。「リスキリングという言葉がメディアで頻繁に取り上げられるようになり、認知度が高まってきたように感じる反面、盛り上がっているのは実際のところ周辺だけで、きちんと施行できている企業はまだまだ少ないのでは」と振り返りました。

コンビニやスーパーでは無人レジの導入が進み、出前を取るにもタクシーを呼ぶにもスマホのアプリひとつで手軽にできる時代。こうした「顧客の課題、社会的な課題をこれまでにない形で解決する」側面はまさにDXのインパクトであるものの、同時に「思ってもいないところから現れたプレーヤーがゲームのルールを塗り替える」可能性も秘め、DXは企業にとってチャンスでもあり、同時に存続を左右するリスク因子でもあるといいます。

石原さんは「会社にとってのXデーがいつ来るかを想像し、常日頃から危機感をもつことが大切」としたうえで、「デジタルのことをわかっていないということは、時代に適応できないということ。デジタルの時代に価値を生むにも危機を制するにもリスキリングは重要だ」と強調しました。

リスキリングという単語を英語で表すと「ReSkilling」で、「再び、スキルを、身につける」という意味をもちます。「新しい職業に就くために、あるいは、今の職業で必要とされるスキルの大幅な変化に適応するために、必要なスキルを獲得する/させること」と定義づけられ、ここでいうスキルは現在、「デジタルにかかわるスキル」を指すことが多いそうです。

注目したいのが、「スキルを獲得する/させること」と受動と能動の両方の意味を含む点で、リスキリングの主語は必ずしも従業員とは限らず、対象は経営者にもなりうる点です。

石原さんは、リスキリングは大きく分けて「経営者のリスキリング」と「従業員のリスキリング」の2種類があるとしたうえで、特に重要なのは「経営者のリスキリング」だと語ります。その理由は、経営の意思なくしてDXは進まず、従業員のマインドセットを変えるのは、リーダーシップなくして困難だからだそうです。「経営者自身がデジタルの基本知識をアップデートし、デジタル戦略を打ち立て、その学びを共有することで、社内、ひいては社外の変化を促すことができるのでは」と、石原さんは力強く口にしました。

一方、「従業員のリスキリング」はさらに「使いこなしのリスキリング」「変化創造のリスキリング」「仕事転換のリスキリング」の3つに分類することができ、なかでも重要なのが2つ目の「変化創造のリスキリング」だと石原さんは強調しました。

「従業員が、自らデジタルを活用した課題解決を企画したり推進したりできるようになれば、さまざまな変化が現場主導で進むようになります。リスキリングでデジタルリテラシーを身につけ、目の前にある課題をデジタルで解決できる形で語れるぐらいの視座をもつことで、自ら変化を創出できる人間へと成長することができると考えています」

DX時代に不可欠ともいえる自分の知らない技術・テクノロジー・サービスを学び、理解しようとするリスキリングの姿勢。デジタルはあくまで一つの手段に過ぎませんが、誰にとっても有用であり、経営者から従業員まで、組織的にリスキリングし続けることがDX時代を勝ち抜く術といえるかもしれません。

もちろん、従業員が日頃の業務と並行してリスキリングし続けるには精神的にも時間的にもゆとりが必要であり、そのゆとりをどう生み出すか試行錯誤することは働き方改革につながる部分もあります。デジタルリテラシーを高め、情報の可視化や作業の効率化により、働き方改革をスムーズに進める相乗効果も見込めます。

石原さんはリスキリングし続ける企業の条件に、「社員への信頼」や「若年世代へのリスペクト」など5つの項目を挙げました。まずは「全社員がデジタルリテラシーをもっておかなければならない」ことを意識することが、リスキリングを実施する第一歩だそうです。

社員の渇きに応える場をつくる。Zアカデミアの取り組み

企業内大学Zアカデミアを運営するZホールディングスは、組織的なリスキリングのため、社員に学びの機会を提供し続けています。グループの中核企業であるヤフー内で2014年に設立された、前身のYahoo!アカデミアから数えれば、のべ12年にわたり学び直しの場を開いてきました。

Zアカデミアの強みの一つは、Zホールディングスグループの全社員が受講対象者というダイナミックな規模感に加え、「学ぶ・交流する・発信する」の3つのニーズを軸に、年間約200講座が開かれているという点です。

Zアカデミアならではのダイナミックさ、充実ぶりを支えるのが、時には執筆活動を展開していたりと専門スキルをもつ社員が講師を務めるという認定講師制度です。さまざまなサービスを提供する企業グループとして、多彩な人材を抱えるからこそ実現できる制度であり、講師の8割を社員が務めることでバリエーション豊富な講座の開講が可能になっているといえるでしょう。

2021年度は、のべ26,000人が参加したというZアカデミア。満足度は10段階中平均8.4 と高い水準をキープし、なかでもAI人材育成プログラムやコードの書き方など"スキルが身に付く講座"や、サステナビリティなど"知識を得られる講座"が人気です。

学長を務める伊藤羊一はZアカデミアのポイントを「渇き」だと考えています。「社員には潜在的に『もっと会社で力を発揮したい』という渇きがあります。Zアカデミアが目指しているのは、この社員の渇きに応える場。『学びたい』『交流したい』『発信したい』という3つの渇きをサイクルにしたプラットフォームのスタイルが、Zアカデミアのリスキリング組織としての最適解と考えています」と述べました。

また、伊藤は「単に学びの場を提供するだけではなく、受講者ごとに参加状況や指標をデータベース化し、これを基にレコメンドしていく仕組みも取り入れていきたい」と、今後の展望について語りました。

グループ横断でAI人材を育成。Z文系AI塾とは

好評を博した講座を実践形式で発展させた例もあり、その最たる例が「Z文系AI塾」です。

Z文系AI塾は、2021年に発足した、グループ横断でAI人材を育成することを目的としたコミュニティ 「Z AIアカデミア」内に設置された半年間の実践型プログラムで、文系出身が多いとされる企画職やバックオフィス職を含む、エンジニア以外の職種が対象となっている点が特徴です。

プログラムは、AIのトレンド・活用タイプ分類といった基礎的な知識に関する座学から、ノーコードツールを使った購入予測モデル作成までと、基礎から応用までを網羅しています。またビジネス上の課題を解決するためにどんな分類のAIを使うかを考える、実務での応用を前提としたAI活用企画のワークショップも行っている点が大きな特徴です。

Z AIアカデミアのディレクションを務める田部井伸弥は「実際に、バックオフィスを含む複数の部署において、AIに関連する業務を行う際に、Z文系AI塾で学んだ知識を積極的に活用している事例もみられはじめた」と、AI人材育成の手ごたえを語りました。

2022年9月には社外参加者の募集も開始し、学びの輪がさらに拡大していくZアカデミア。Z文系AI塾でも社外参加者の募集により、第2期は社外の34名が、グループ外受講者として参加しました。田部井は「グループ内外の人材が交流することで生まれるさまざまな意見や知見の共有を通じて、Z文系AI塾の取り組みを活性化していきたい」とし、「多様性に富んだ学びの成果を創出するとともに、学び・交流の場としての進化を図っていきたい」と、今後の展望を語りました。

2021年3月、LINEとの経営統合を発表した際、「「日本・アジアから世界をリードするAIテックカンパニー」を目指す」と宣言したZホールディングス。企業内大学というリスキリングの主戦場をどのように展開していくのか、今後の動きにもご注目ください。

パネルディスカッション

Zホールディングスが事前に実施したリスキリングに関するアンケートをもとに、石原さんと伊藤でパネルディスカッションを行いました。

まず一つ目の質問、リスキリングという言葉の認知率ですが、リスキリングという言葉自体の認知は46%と半数を割っていました。

続いて、リスキリングしたいと思うかという問いに対して、およそ3分の2が「したい」と答えました。また実際にできる環境はあるかという問いに対しては、2割が「はい」と答えました。

――あらためて、「リスキリング」という言葉や昨今の潮流にについて、どのように考えますか?

石原さん:アンケートで50%弱の人しか「リスキリング」を知らないということですが、1年前の別の調査では30%程度だったため、リスキリングという言葉の認知度自体は非常に伸びていると思います。リスキリングが流行っているようかのようにもみえますが、リスキリングに関連が深い業界は盛り上がっているものの、リスキリングの場を社員にきちんと提供している会社が増えていない現状もあると思います。

伊藤:リスキリングという言葉が強調されること自体に少し疑問を感じています。リスキリングの前に、まず学ぶ、学び続けるという姿勢が前提になければならない。日本の会社は学びに関する投資も少ないし、社員側も学ぼうという意識が低い。そういう風潮自体が致命的だと感じています。素振りしないで試合に出場するプロ野球選手はいないし、アプローチの練習をしないで出場するゴルファーもいないわけですよね。それはスポーツの世界に限ったことではなく、ビジネスの世界でも同じです。
先ほど石原さんが仰ったように、DXの時代だからこそ、学び直しという狭義のリスキリングが重要になってくると思います。DXは単にデジタル化すればいいという話ではなく、デジタル化の先にある経営変革まで見据えなければいけない。プログラミングを学べばいいということではなく、そのうえでどうトランスフォームしていくのかは、経営者がまず学ぶことだなと、石原さんのお話を伺って改めて感じました。

――さきほどのアンケート結果を見て、どう捉えましたか?

伊藤:「ややそう思う」とかではなく、もっと積極的に行動するべきだと思いました。会社に対しても、それで勝てるんですかと強く問いたいです。変化の激しい世の中で勝ち残るためには、やらなきゃいけないっていうことですね。

石原さん:リスキリングはやるかやらないかというレベルの話ではなく、やる以外の選択肢はほぼないように思います。リスキリングをどう進めていいか分からない、ビジネスの現場で効果がなかった、という意見については、明確な戦略がないからだと思います。ビジネスで勝つための人材育成をするという基本に立ち返る必要があるのではないでしょうか。

――これまでの話を総括して、企業はリスキリングとどう向き合うべきと考えますか?

伊藤:企業は勝つためにリスキリングを進めていくのは必然という大前提を踏まえて、Zアカデミアは社員1人1人の「才能と情熱を解き放つ」ということを目指してます。会社として意思を示しつつ、社員1人1人にあなたの人生における価値はなんですか、と問い続けたいという思いで取り組んでいます。

石原さん:Zホールディングスは、ずっと前から「才能と情熱を解き放つ」と掲げて会社の意思を明確に打ち出してきた会社なので、Zアカデミアであっても、文系AI塾であっても、意思統一がされていると思うんですよね。そういう意味では非常に一貫性があって、レベルが高いと感じています。一方で、社員の学びにあまり投資をしていない、という企業もまだあると思います。社員にとってどんなスキルが必要で、どういう風に学んでいくのかについて企業側が環境を整える必要が大いにあると思っています。

Zアカデミアの強みと、今後の方針とは

リスキリングに対する社会的な関心の高まりを受け、多くのメディア関係者が説明会に参加し、最後には質疑応答も行われました。リスキリングを実践するZアカデミアに興味関心を持つ記者からは、次々に質問が上がり、登壇者たちは真摯に回答しました。ある記者からの「Zアカデミアの200講座ものカリキュラムはどう作っているのか。内製なのか」という質問に対して、田部井は「立ち上げ時は事務局で講義内容の企画や講師の依頼を都度行っていたが、年間230本くらいが限界だった。認定講師制度を立ち上げ、グループ内で講義をしてくれる方を募集したところすぐに20数名が集まり、多くの講座を開けるようになった。研修のような講座以外にも、ランチタイムを利用して気軽に発信できる機会をつくったりするなどの工夫をしている」と答えました。

一方で、「Zアカデミアを今後どう強化していきたいか」という質問に対して、伊藤は「プラットフォームとして、アラカルトでいろいろなコンテンツを提供していくという体制は整った。人が集まり、教えあい、交流するという流れができて、次にそれをZホールディングスとしてどういう風にしていくかというのが次の課題」と答えました。学ぶだけではなく、今後は、経営戦略になじむようなところにシンクロしていくような流れをつくっていきたいとのことです。

Zホールディングスでは、今後も、Zアカデミアがプラットフォームとなり、経営陣と社員が同じ目線で、リスキリングに向き合い、アップデートし続けていきます。

企業内大学「Zアカデミア」でAI関連講座が盛況―「Z AI文系塾」で参加者たちが得た学びとは?
https://www.z-holdings.co.jp/strategy/09/

サステナブル人材育成の鍵は? Zホールディングスの企業内大学「Zサステナビリティアカデミア」の狙いと展望
https://www.z-holdings.co.jp/strategy/12/

  • 取材日:2023年1月27日 公開日:2023年2月13日
    (この記事は、2023年1月27日Zホールディングス株式会社が開催した、報道関係者向けのリスキリング説明会を元に構成しました)
    記事中の所属・肩書きなどは取材日時点のものです。
    取材・ 執筆:石川聡子 編集:Dellows