サステナブル人材育成の鍵は? Zホールディングスの企業内大学「Zサステナビリティアカデミア」の狙いと展望

社会と企業、両者のサステナビリティを同期させ、そのために必要な経営・事業変革を推進していく「サステナビリティ・トランスフォーメーション(SX)」が注目されています。

グループを挙げてSXに取り組むZホールディングス(以下、ZHD)では、グループの従業員の横糸をつなぎ、グループシナジーを加速させる役割を担うために設立された企業内大学「Zアカデミア」内に、20225月より「Zサステナビリティアカデミア」を開校。「ビジネスにつなげる」ことを前提に、社員がサステナビリティについて学び、考える機会を幅広く提供しています。

Zサステナビリティアカデミアを通したSX啓発・実践の手応えや今後の展望について、ZHDESG推進室長を務める西田修一、アスクル コーポレートコミュニケーション統括部長で、Zサステナビリティアカデミア発起人の小和田有花に聞きました。

プロフィール

西田 修一(にしだ・しゅういち):Zホールディングス株式会社 ESG推進室室長/ヤフー株式会社 執行役員 コーポレートグループSR推進統括本部長
2004年、ヤフーに入社。2006年から「Yahoo! JAPAN」トップページの責任者を務める。2013年に検索部門へ異動。東日本大震災の復興支援キャンペーン「Search for 3.11 検索は応援になる。」を立ち上げる。2015年に検索事業本部長およびユニットマネージャーに就任。2017年から執行役員。2021年からZホールディングスのESG推進室室長を兼務。「Zサステナビリティアカデミア」ボードメンバー。
小和田 有花(こわだ・ゆか):アスクル株式会社 コーポレート本部 コーポレートコミュニケーション統括部長
2007年、アスクルに入社。リーガル・セキュリティ本部で法務・情報セキュリティを担当する。2016年よりコーポレート本部、広報・IRの統括責任者。2020年3月、CSR部門がサステナビリティ部門に改組されるタイミングに合わせ、同部門の統括責任者も管掌。「Zサステナビリティアカデミア」の発起人であり、ボードメンバーも務める。

SXでZホールディングスのシナジーを発揮するために

――経産省は、SXを「『企業のサステナビリティ(企業の稼ぐ力の持続性)』と『社会のサステナビリティ(将来的な社会の姿や持続可能性)』を同期化させる経営や対話、エンゲージメントを行っていくこと」と定義しています。SXとは何か、ZHDではどう考えていますか。

西田:これまでサステナビリティに関する活動は、事業とは切り離されて考えられがちでした。しかし、利益につながる事業ポートフォリオやビジネスモデルを同期化させる動きが活発になっています。サステナビリティをビジネス的な観点で1つの機会と考え、事業と融合・統合していく。これこそ、SXが目指すべき方向性です。

単にサステナビリティの知識を身につけるだけではなく、事業運営やサービス開発の現場でいかにその考え方を体現していくか。機会として受け止め、新しい価値を創出できるか。こうした考えがイノベーションにつながります。

――ZHDはカーボンニュートラル宣言の表明や、防災減災・災害支援への取り組みなど、積極的にサステナビリティ活動を行っています。SXをどのように推進しているのでしょうか。

西田:サステナビリティ活動の推進組織体として、2021年度に「ESG推進室」を立ち上げました。ここで進める取り組みは、大きく3つあります。

1つ目は、環境や人権、ガバナンスといった領域でサステナビリティ活動を推進し、足元のサステナビリティをきっちり固めていくことです。2つ目は、それを経営陣がしっかり理解すること。そして、ビジネスの現場がサステナビリティを理解し、それぞれの持ち場で実践していく。これが3つ目です。

1つ目に挙げたサステナビリティ活動の実践や、2つ目の経営陣の理解は手応えを感じながら進められていますが、3つ目の取り組みである各社の現場でサステナビリティを理解してもらうことに課題感がありました。

ボトムアップ型でサステナビリティを実践するにはどうしたらいいのか。かねてから、こうした課題感を持っていたところに、小和田さんがアイデアを持ち込んでくれたことで、「Zサステナビリティアカデミア」の立ち上げにつながりました。

小和田:アスクルではサステナビリティ推進のアクションプランを策定し、2016年から再生可能エネルギーの導入、配送車輌のEV化などを進めています。私もそうした活動の推進に携わる中で、領域の広さや課題の難しさを感じていました。脱炭素社会に向けた取り組みは2030年、2050年を見据えた遠大なものになりますし、CO2排出量ゼロにしても自分たちだけではどうすることもできない難しい問題です。かなり大きな巻き込みが必要だろうと痛感しました。

さらに、サステナビリティを現場で実践していくためには、ベースとなる知識がなければ課題の設定すら困難です。私と同じようなことを多くの人が感じているのはないか? こういった考えをまとめて、まずは202110月、ストレートに西田さんにプレゼンしました。

――Zサステナビリティアカデミアを立ち上げることでサステナビリティについて理解を深めることができれば、現場での実践につながっていくだろうという期待感があったわけですね。

西田:そうですね。ZHDESG推進室を統括する上で、グループ企業がそれぞれのストロングポイント、魅力をいかにして生かし、グループ全体のサステナビリティを推進していくかグループ企業が持つそれぞれの事業をサステナビリティとかけ合わせることで、そこから新たな価値を創出できるのではと考えました。

小和田:さらには、サステナビリティを軸に、複数のグループ企業の事業をかけ合わせていくことにも、新たな価値創出の期待を持ちました。ZHDグループの特徴はZOZOやアスクル、一休、ヤフー、LINEなど、多種多様な業種、業態の企業の集まりであること。

多様な事業をかけ合わせながらサステナビリティを推進することが、私たちの一番の強みになると考えています。SXの推進は、個社ではなくグループが一丸となって取り組んでいくアプローチが有効です。Zサステナビリティアカデミアの開設は、グループを横糸でつなぎ、イノベーションの基点となることへの期待を込めました。

現場での実践に直結するZサステナビリティアカデミアのあり方

――小和田さんが2021年10月に提案した約半年後、Zサステナビリティアカデミアで第1回の講義が開かれました。スピード感を持って進行できた要因は何だったのでしょうか?

小和田:今回の取り組みはゼロからのスタートではなく、企業内大学の「Zアカデミア」がすでにあり、グループ企業横断でAI人材を育成するコミュニティ「Z AIアカデミア」も発足していました。こういった運営体制があったため、「Zサステナビリティアカデミア」もスムーズに立ち上げができたのではないでしょうか。

西田:スピーディーに始動できたのは、Zアカデミアの学長を務める伊藤羊一さんをはじめ、事務局側が「ぜひやりましょう」とポジティブに反応してくれたのも大きな要因ですね。

Zアカデミアはグループ全企業の役員を含む全社員が任意で参加できます。環境や人権について学ぶeラーニングのような取り組みは各社で展開していますが、高い関心がなければアクションに結びつけるのはなかなか難しいものです。

逆に、少数であっても高い関心とリテラシーを持った人たちが積極的に動けば、それを応援する人たちが出てきて、活動の広がりも加速していきます。まずは関心の高い層に届けることを意識しました。

 

――第4回までの講義は多岐に渡りますが、テーマや講師の選定はどのように行われたのでしょうか。

小和田:グループ各社のESG担当者が集まって情報を共有する月次定例で議論し、アンケートなどで温度感を見極めながら、テーマの選定や講師の依頼を進めていきました。グループ内の業種業態はさまざまですから、サステナビリティへの取り組みやニーズ、リテラシーにもばらつきが生じます。

最大公約数となる内容にできるかどうかを見極めつつ、参加者がそれぞれの企業でサステナビリティについて考え、取り組みやすくするものでなければいけません。体系立てた座学というよりも、ヒントを与えるような創発の場を目指しました

西田:小和田さんがおっしゃる通りで、サステナビリティに関して、各社のスタートラインも感度も違います。ホールディングス全体として各社を横並びに啓発するのではなく、いかにしてフラットな機会にできるかを考えました。

各社の社員の皆さんには、まず関心のある講義を受講することで、何かに気づいたり得たりといった機会を持っていただきます。そして、これを契機に自分の業務、あるいは会社に意識やリテラシーをインストールし、サステナビリティ活動として何を生み出してもらえるのか。私たちはこういったプロセスが重要だと考えています。

――これまでの講義を通して、受講生の方の反応などから気づいたことはございますか?

小和田:ヤフーの社員は双方向のウェビナーに慣れているようで、当初からアクティブな書き込みが印象に残りました。そして、アスクルの社員もそれに触発されたのか、積極的に書き込みをし始めたので、グループならではの相乗効果を感じました。

2回の安居昭博さんの講義からは反応ボタンを実装し、受講者のリアクションも可視化しました。第1回のフィードバックを踏まえ、次の回からクイックに実装できています。これはIT企業が加わっているからこそのスピード感、そして柔軟さでしょう。従来のウェビナーでは、周囲がいま何を感じているかがお互いに分かりづらかったのですが、この実装によって見える化したわけです。これは運営側として、とても大きな気付きになりました。

小和田:このときの講義では、さらに面白い出来事がありました。欧州のサーキュラーエコノミーの潮流として「消費者には使用する権利だけではなく、修理する権利がある」と述べられ、いきなり手元のスマホを分解し始めたのです。

そのスマホはオランダの企業が開発した「FAIRPHONE」という製品で、カメラやバッテリーなどパーツごとに交換できます。古くなった端末を丸ごと替えるのでなく、パーツを交換しながら使い続けることを前提に設計された製品でした。

講師がスマホを分解していく様子を見た瞬間、受講者が猛烈に反応ボタンを押しまくり、「あ、ここでみんな盛り上がり、感じるものがあったんだ!」と、大変興味深く見ていました。これは受講者の相互理解、自身の立ち位置の把握にもつながります。今後の講義にも大いに生かしていきたいですね。

西田:講師側も同様ですね。通常のウェビナーでは参加者の反応が見えづらく、一方的な発信になりがちです。第4回の江守正多さんも、多様なリアクションを受けて、画面の向こうに多くの聴講者がいると言う実感を持って講義をしていただけたようでした。講師の方たちの安心感はもちろん、もっと伝えたいというモチベーションにつながる仕組みをもっと考えていきたいですね。

サステナブル人材が現場で躍動する2030年を目指して

――毎月開講されるZサステナビリティアカデミアは2023年3月の講義で「入門編」を終える予定です。将来の展望をお聞かせください。

西田:今後、中級や上級のクラスをいかに設定していくかをボードメンバーで検討しています。そこで課題に挙がったのは、講義の盛り上がりや活発な議論をどう生かしていくのか。つまり、交流を視野に入れた「場づくり」です。

小和田:具体的には、講師にさらなる質問をしたり、ディスカッションをしたり、受講者同士で感想を交わし合ったりといったさまざまなアクションですね。まずはミニマムから取り組んでも、リアルな場があればもう一歩進んだSXへの期待がふくらむと考えています。

Zサステナビリティアカデミアとして、「知る」からさらに一歩進んだ仕掛けづくり、そのための環境整備をもっと考えていきたいですね。

――Zサステナビリティアカデミアを通してZHDはどのような人材を育てていかれるのでしょうか。今後、求められる「サステナブル人材」の理想像をお聞かせください。

小和田:冒頭で西田さんが言及したSXを実践できる人材、事業とサステナビリティを統合して考えられる人こそ、「サステナブル人材」と呼べるでしょう。

Zサステナビリティアカデミアでの実践を通して、最初は数人ずつの小さな取り組みから始まってもいいわけです。その積み重ねの先にある2030年には、社員全員、グループ全体がサステナビリティ活動を実践できるようになるでしょう。

むしろ、そのトランスフォーメーションがなければ、これからの時代は生き残っていけないという危機感があります。Zサステナビリティアカデミアから、SXのマインドセットを持った人材を一人でも多く送り出していきたいですね。

西田:従前からCSR(企業の社会的責任)の概念があり、2000年代にはマイケル・ポーターがCSV(共有価値の創造)を提言しました。事業活動を通して、社会課題をいかに解決するか。つまり、この思想はSXそのものだったわけです。

しかし、そこから20年が経ち、グローバルな気候変動や人権といった社会課題が強く認識され、同時にビジネス上の課題としても周知されてきました。SXの概念を本当の意味で実践できること、そして、利益を上げるために、変化に適応しながらサステナビリティ活動を現場で実践できること。これが、未来に求められるサステナブル人材像です。

Zサステナビリティアカデミアを通して、こうした人材を輩出してきたいですね。サステナブル人材が増えていけば、さらに面白い企業群に、そして世界にインパクトを与えるような価値を生み出せるグループになると信じています

  • 取材日:2022年9月21日 公開日:2022年10月26日

    記事中の所属・肩書きなどは取材日時点のものです。
    取材・執筆:佐々木正孝 編集:ノオト